第4回 タイで生きるいろんな「性」のカタチ Date: 2003-11-16 (Sun) 
第4回 タイで生きるいろんな「性」のカタチ

街でゲイカップルが手をつなぎ闊歩すれば
デパートの化粧品カウンターにはカトゥーイ
バスの車掌はトムボーイ
こんなことはごくごく日常のタイランド
けれど日本人からすればそれは「なぜ?」の連続
「なぜ」こんなに多くてオープンなの?
ちょっとだけそれを探ってみました

(さてその前に用語解説)
○ ゲイ―男性の同性愛者。差別的な響きが含まれていたホモセクシャルに代わってアメリカの同性愛者が使い始めた言葉。
○ トムボーイ―男性として生活している女性のこと。性的志向は女性。略してトムと呼ばれることも多い。英語圏ではお転婆な女の子といった意味で使われている言葉。
○ ディー―トムボーイの相手となる女性。志向は男性であり、トムをあくまでも「男」として見ている。ディーの由来はレディーのディーから。
○ レズビアン―広義ではトムボーイとディーも含まれるが、狭義では女性の同性愛者。
○ カトゥーイ―一般的に「女性の外見をした男性」もしくは「女性らしい男性」で、性的志向は男性の人のこと。カトゥーイはタイ語。レディボーイ、ニューハーフはこれに当たる。

(ゲイにカトゥーイにトム&ディー・・・・・・。異性愛だけが『愛』じゃない)

□インタビュー1 ビックさん24歳□

気がつけば、男の子ばかりに恋をしていた



 (ゲイのビックさん)

 うるうるとうるんだ瞳に小さな唇。つるつるお肌。ビックさんはまるで少女漫画に出てくる女の子のよう。そしてまっすぐに目を見て穏やかに質問に答えてくれるやわらかい物腰は、ゲイの人のそれ。
 ビックさんが自分のセクシュアリティーに気づいたのは、小学校に上がる前だった。

「小さいころは両親と別々に住んでいて、いとこの家に預けられていたんだ。そこの家族はみんな女の人ばかりでね。そんななかで彼女たちが掃除をすれば僕も一緒に掃除し、台所仕事をすれば一緒に台所に。そんな感じで見よう見まねで彼女たちと同じ行動を取っていたんだ。いつの間にか気持ちも女性と同化していたのかな、いつも男の子ばかりに恋していた。でも物心つかないころからそうだったから、それが自然だと思っていたんだ。あ、僕は男が好きな人間なんだって、ほかの男の子との違いを自覚したのは6,7歳のときだった。そうだね、女系家族に育ったことがいまの自分に関係していると思う」

 そしてビックさんは自分が『ゲイ』と呼ばれる存在であることを15歳のとき、両親にカミングアウトした。

「僕は女の子が好きじゃなくて男の子が好きなゲイですって正直に言ったよ。お父さんがゲイに拒絶反応を示す人だっていうのは知っていたんだ。でも黙っているのがものすごくストレスになっていたから思いきって告白した。やっぱりお父さんは怒ったよ。でも、だんだんと理解してくれるようになって、僕が大学生になったときは完全に受け入れてくれたんだ」
 
 正直に告白して誰にも嘘をつかないことで、自分の精神的負担は減った。けれども父親を悲しませてしまった。この点だけは心が痛んだし、忘れられないという。一見そう見えるけども、タイのすべての人がゲイに寛容なわけではないのだ。

「うん、そう。タイ人のなかにもね、たとえば昔の僕のお父さんがそうだったようにゲイを受け入れてくれない人はいるんだ。テレビとかで流れるゲイのオーバーアクションに、嫌悪感を感じたりね。僕を避けたりする人も、多くはないけれどいた。でもあまり気にしないよ。べつに悪いことをしているわけじゃないからね」

法律的には結婚は無理。けれど彼と家庭をつくりたい

 現在ビックさんには付き合って2年半になる彼がいる。短期間恋愛が多いゲイカップルのなかでは異例の長さだ。

「タイのゲイカップルも長期間つきあう人たちって多くはないんだ。でも僕たちはよく話し合っているし、お互い理解しあっているからね。もちろん彼とつきあい始めてからは、一度も浮気をしていないよ(笑)」
 
 ここでなにやら取り出すビックさん。芸能方面で仕事をしている生真面目そうな彼とのツーショット写真だった。

「子供? 冗談まじりでだけど彼と孤児を引き取ろうかって話したことはあるよ。お金ができたら実現させたいねぇって。やっぱり子供はかわいいし、彼と家庭をつくりたいからね。将来は彼と一緒になにかビジネスを始めようと思ってる。うん、これからもずっと一緒にいたいね」

 聞いているこちら側が赤面してしまうようなセリフを臆面もなくいうビックさん。
 ところでビックさん、バンコクにいると多くのゲイの人を見かけるんだけどそれはなぜなのか。タイ人のあなたなりの考え、意見を聞かせてくれる? との問いに、

「少しづつカミングアウトする人が増えてきて、相乗効果みたいな感じでどんどん増えてきたんじゃないかな? そもそも社会に対して悪いことをしているわけじゃないし、法律を犯しているわけでもないしね。隠さなきゃいけない理由はないでしょ?」

 と、真剣な表情で答えてくれた。こんなごくごく当然のセリフを堂々と言えてしまうのがタイという社会なのである。


□インタビュー2 レックさん38歳・ノックさん26歳□

周りは普通のカップルとして接してくれる


 (レックさん左・ノックさん右)

 昨年の6月に撮影したという『結婚記念写真』を持って仲良く現れたふたり。ふたりの左手の薬指にはマリッジリングが輝いていた。

「法律的に結婚はできないけれど、何か記念に残るものが欲しかったんだ」

 と語るレックさんはノーメイクでショートカットが似合うトムボーイ。38歳という年齢もあって、成熟した魅力の持ち主だ。いっぽうディーのノックさんは、強気だけれども恋に一途で情熱的な女性といった感じ。付き合い始めて2年というふたりには、依然ラブラブオーラがただよっている。

「小学校4年のときかな、自分は女の人が好きなんだってはっきりと認識したのは。物心ついたときから女の子にしか興味がなくって、それが特別なことだとは思っていなかったけれど。僕は9人兄弟の末っ子で、女が8人、男が1人だけなんだ。やっぱりお母さんは男の子が欲しかったみたいで小さいころから髪の毛は短くさせられて男の子の格好をさせられていたんだ。うん、それがトムボーイになったことに多少は影響しているだろうね。じつは僕のすぐ上のお姉さんもトムボーイなんだ」

と、レックさん。

「わたしは最初から『トムボーイが好き』ってわけではなかったんです。小6のときにトムボーイに口説かれたこともあったけど、そのときは別に興味がないって感じで。中学、高校にはいってからは何人かの男の子と付き合ってました。けれど17歳のときの恋人がすっごい浮気者でひどい人だったのね。その人との別れをきっかけにトムボーイに関心が向くようになったの」

 と、ノックさん。
 ふたりの場合あらためてカミングアウトする必要はなく、家族が少しづつ気づき始め理解を示してくれたという。周囲の人々はレックさんを普通の男性として、ノックさんをその恋人として接してくれているから、偏見を感じたことも自分たちのようなカップルを特別だと思ったこともないとか。これは恵まれたケースなのかもしれない。

トムボーイも男と同じように浮気者よ

 この取材の前日、伊勢丹のスーパーマーケットで仲良く買い物をするトムボーイとディーのカップルを見かけた私。バンコクにいるといろんなカップルを目にすることができて飽きない。しかしどうしてこんなに『異性愛じゃないカップル』が多いんだろう?

「トムボーイやディーが『おしゃれ』っていう風潮があるのは確かだね。30年ぐらい前にアンジェリーっていうトムボーイの歌手が出てきたんだ。とってもかっこよくて彼をきっかけに社会的に認められてきたんじゃないかな。ここ最近もトムボーイだって公言する有名人が少しづつ出始めてきて、トムボーイやディーは恥じることじゃないって考え方が出てきたんだと思う。もうひとつの大きな理由として、男の人と付き合ってひどいふられかたをしたとか、イヤな思いをしたとかでディーになる人が多いような気がする」

 丁寧にわかりやすく説明してくれるレックさん。

「トムボーイは女の人の気持ちがわかるから、何を言ったらいいか、何をしたらいいか、こちらの気持ちを汲むのがとても上手」

 というノックさんの言葉に思わず納得。この心地よさを知ってしまったら、もう普通の男と付き合うことはできないそうだ。けれど何もかもが完璧というわけではなく、「トムボーイもけっこう浮気者よ。その辺は普通の男と一緒ね(ノックさん)」ということだ。実際、数多くの女性と恋愛をしていたというレックさんだが「彼女と付き合い始めてからはもちろん浮気はゼロ」。

親と子供がいるっていう完成された家族を持ちたい

 インタビューの後半、レックさんに少しつっこんだ質問をしてみた。男役のトムとして胸を切除したり、性転換手術をしたいと思いますか?

「胸は取りたい。胸のふくらみがなかったらもっとかっこよく服を着れると思うから。性転換は考えていないよ。それで子供がつくれるならやりたいけど、そういうわけじゃないからね。ホルモン注射も考えたことはあるけれどまだ挑戦したことはないんだ」

 じゃ、子供が欲しいと考えたことは?

「やっぱりすごく欲しいね。養子じゃなくて自分の体で育てた子供が欲しいから精子提供かな。有名人のトムとディーでそうして子供をつくったカップルはいるよ。子供の欲しい理由は父親と母親と子供がいてっていう、普通の完成された家族を持ちたいという気持ちがあるから。でも子供が持てないとしても、それはそれでいいかな。旅行に一緒に出かけたりしてふたりで幸せにやっていきたいと思っているよ(レックさん)」

 対するノックさんは、

「他の人と生活するのは考えられない。レックがいないならひとりでいたほうがいい。それくらいレックのことを想っているの」

 これもまた、ひとつの愛のかたち。


□インタビュー3 エーさん25歳□

それは、闘いにも似た険しい生き方



 約束の時間から遅れること45分。清楚という言葉がまんまあてはまる女性がやってきた。彼女こそがこの日の主役、カトゥーイのエーさんだ。
 肌はシミひとつなくすべすべで、これほどまでに色の白いタイ人を見たことがない。彼女を見れば誰もがそれを口にせずにはいられないだろう。タイではそれは最高のほめ言葉でもある。

「あぁ、これは女性ホルモンを飲んでいるからよ。飲んでいると色も白くなってくるの」

 と、冷静な返事が。しかし副作用として疲れやすくなり、肝臓にも負担がかかり、健康には良くないということだった。
 恋に一途でおっちょこちょいでどこが憎めないお気楽な人たち、というマスコミが勝手につくりあげたカトゥーイキャラを信じて疑わなかったこともあり、この日常生活でカトゥーイという生き方を選択することは、闘いにも似た険しいものだということにエーさんに会って初めて気づかされた。

「4,5歳のときから男の子が好きなんだって感じ始めていたわ。小学校に上がるまで両親の仕事が忙しいこともあっておばあちゃんの家に預けられていたの。そこは男の子ばかりの家族だったのね、それがいまの私に直接関係しているのかは自分ではわからないんだけど。両親は仕草やお人形さん遊びを好む私を見てもしやって感づいていたらしいの。母親はそんなにシリアスに考えてなかったんだけど、父はすごく心配してた。サッカーとかを勧めて普通の男の子にさせようとしていたけれど私はそれを受けつけることができなかったの」

 そんな両親に対し『告知』という形でカミングアウトはしなかったけれど、徐々に自分がカトゥーイであることをオープンにしていったという。

「中、高校までは校則が厳しかったから制服は男子用。髪も短かったわ。大学にはいって初めてスカートをはいたり髪を伸ばし始めたの」

 最初こそ否定的だった父親もだんだんと理解を示すように。

「女性と同じ格好をするようになって精神的に楽になりました。周りにも自分にももう嘘をつかなくていいからね。けれど両親が『あそこの家の子はカトゥーイなのね』ってうしろ指さされたりしたことに対しては申し訳なく思ってる。でも人間って誰にでも好き嫌いがあるから、カトゥーイが苦手っていう人がいてもしょうがないと思うわ」

 実際、カトゥーイであることを理由に就職の面接で落とされたことも数回。けれど受け入れてくれる人のほうが多いという。

「昔と比べてカトゥーイやゲイの人は増えてきた気がするわ。それはカトゥーイ、ゲイであることを表現してもあまり差別されなくなってきたからだと思う。受け入れる側が増えれば、表現する側も増える。そんな相互関係があるんじゃないかな」

彼氏より母親を大切にしていきたい

 それまで冷静に客観的に意見をくれたエーさんだが、彼女の感情の揺れを感じたのは性転換の話に及んだときだ。

「23歳のときに7万バーツかけて性転換の手術をしたの。それまでは手術の必要性を感じていなかったんだけど、当時付き合っていたイタリア人の彼が一緒にイタリアに行こうって誘ってくれたの。ええ、彼は私のことをカトゥーイとは知らなかったの。好きだったのは事実だけれど海外で暮らせるってことが、私に手術を決めさせたわ。3日間悩みに悩んで一週間後に即手術。いま思うと早すぎる決断だったわね(苦笑)」

 しかしどういうわけかその後、彼とはまったく連絡が取れなくなってしまった。いまでもその理由はわからないという。

「メチャクチャ悲しかった。手術後も痛みがひどくてとてもつらかった・・・・・・。彼が自分の元に戻ってこないことを知っていたら手術は受けなかったと思う。いまは時間が経って仕方がないと思えるようになったけど・・・・・・」

 それから数年。こころとカラダの傷はだいぶ癒えたようで、いま現在付き合い始めて1か月になるタイ人の彼氏がいる。カトゥーイであることは彼も知らない。

「まだ言わないわ。とても勇気のいることだし、言ったとしたら、彼自身もカトゥーイの恋人を持つ男性として周りに見られるわけでしょ。そういう中傷に耐えられるかっていうのはもっと時間をかけてみないとわからないから」

 恋愛に関してはとても慎重な彼女。

「1、2年ならともかく、一生涯の伴侶となるような人は欲しくないわ。本当に好きな人が現れても自分は子供が産めない。夫婦の潤滑剤である子供が持てないことは相手の男性を苦しめるし、いろんなことでたくさん悲しませてしまうから」

 たんたんと語るその表情が、逆にせつなさを誘う。

「普通の男女のカップルよりもカトゥーイと男の人のカップルってケンカが多いの。恋人と別れて自殺したカトゥーイも多いわ。そういう悲しい事実を見たり聞いたりしてこういう考えになったの。だから将来は、母親の面倒を見ることを第一に考えているわ」

 現在の彼氏にカトゥーイであることを打ち明けたとしてうまくいくかどうかはフィフティーフィフティーと言っていたエーさん。
 彼女の人としての懐の深さは、誰の目にも魅力的にうつると思うのだが。



□インタビュー4 番外編 エイジさん(仮名)27歳□

タイの環境の良さは、ゲイにとっては世界一


 (カトゥーイのエーさん) 

 日本と比べると同性愛を受け入れているように見えるタイ。実際のところどうなのだろうか? 客観的な意見を聞きたいと思い、ひとりの日本人ゲイ男性にインタビューを申し込んだ。タイ以外の状況を知っているからこそ見えてくるタイ。それは彼にとってどんな国なのだろうか。

「僕が自分はゲイなんだって自覚するようになったのはハタチぐらいのときかな? その前からタイにはちょこちょこ旅行で来ていてゲイ云々を別にしてタイにはハマっていたんです。
 日本人の場合は常識やモラルなんかがあって、自分のことをゲイだと認めるまですごく葛藤するんです。僕も『男の子に興味はあるのは気のせいだ』って言い聞かせて、無理に女の子とつきあったこともありました。でも、なんか違うなーって感じてて・・・・・・。
 タイの場合、ゲイを隠さないでいい環境っていうのがベースにありますよね。一時期、ゲイのほうがかっこいいみたいな風潮があったらしいんです。歴史をふりかえってもアーティストっていうのはゲイのほうが多いですよね。そういうこともあって、ファッション感覚でゲイを楽しんでいるタイ人はいると思いますよ。日本だったらファッション感覚なんて言ってられないですけれども。
 カミングアウトですか? 友人は知っていますけど家族には言っていません。でも親は成長過程で気づいているような気がするんですよ。性格、身振り手振りなんかで。親の立場になって考えると衝撃的だと思うんで、言わないほうがいいのかなって思います。日本人の場合はだいたいの人が言ってないですよね。でも悩んでいるゲイは多いですよ。『早く結婚しろ、家を継げ』とか言われたりしてね。
 うん、やっぱりタイはゲイの人にとって居心地がいいところだと思いますよ。最初から自分を出せる環境ができあがっているから。それだけ日本っていうのは閉鎖的ですからね。ただ僕も住むようになってからは文化的な面で階級とかの問題で面倒だなって感じることはあるけれど、旅行で来るぶんにはゲイの人にとってバンコクはパラダイスなんじゃないかな。
 タイ以外でここまで派手にやっている国っていうのはないんですよ。ゴーゴーボーイもほかでは見かけない。よく新宿2丁目が世界一のゲイタウンって言われてるけど、外国人に対して閉鎖的だし平日はしけている。でもバンコクは平日でもゲイに関わらず観光客があふれている。世界中のゲイの間で、ここはゲイ・フレンドリーな場所だって有名ですしね。それに日本人を含めたアジア人、欧米人から見ても、タイ人の男の子って魅力的なルックスだっていうのも大きいと思います。プラス、物価の安さも魅力だと思いますね。
 僕は好きですね、この国が」

取材を終えて
 今回インタビューしたのは3人と1組。彼&彼女たちが語ってくれたのはすべてのケースにあてはまるわけではありません。けれど、タイにおける同性愛、トランスを取りまく状況の一例であることは確かです。
 日本と比べればかなり受け入れられているのは事実ですが、タイでも古い世代のなかにはあからさまに嫌う人も存在し、就職などでも平等に扱われているとはいえない状況であることが取材を通してわかりました。
 自分に素直でいること。そのことのリスクを背負ったうえで選んだ彼&彼女たちの生き方に覚悟のようなものを感じ、力をわけてもらった取材でした。

(以上、在タイ日本人向け女性誌「Pomelo」vol.5 に掲載)


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