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[1] 面接試験 (SFショートショート) |
これまでにない就職難であった。 ところが、そんなある日のこと・・・。 ぶらぶら街を歩いていると、求人広告のビラがふと目にとまった。それはパ−ト募集のビラのように電信柱に貼ってあったのだ。会社名は、SMCとなっている。聞いたこともない会社であった。外資系の怪しげな会社のように思えた。しかし、いまの俺には、無名だろうが、どんな会社だろうが問題ではなかった。ともかくも、どこかにもぐり込みたいというのが、俺の今の切迫した気持だった。見ると、待遇はずばぬけていい。それに願ってもないことには、試験は面接のみとなっている。苦手な筆記がないというのだ。俺の心は躍った。でもでも……うまい話は二度考えよ、というコトワザがあるからナ……。と俺は自分にいいきかせた。だが、受けるだけは受けてみよう……いかがわしい会社だったら決まってから断わればいいじゃないか、と俺は思った。・・・早速、その会社へ電話してみた。 「おたくの会社を受けたいのですが……」受話器に出たのは、社長と名乗る男だった。社長は、俺の名前と自宅の電話番号だけをぶっきらぼうに訊ねた。素直に俺は答えた。すると、急に愛想のいい声が返ってきた。 求人ビラには、どういうわけか住所が書いてなかったのである。 答えは、すぐには返ってこなかった。少し間をおいてから、社長は低く呟くようにいった。 社長は、それだけいうと不意に電話を切った。道順を少しは訊いておこうと思ったのに。まあ、いい、道順などその辺で訊けば何とかなるだろう・・・俺は、そう思った。 まず、Z駅へ行くのさえ容易ではなかったのである。隣県のそのS市は、話には聞いていたが、恐しいばかりに電車網が複雑だった。Y線をはじめ、J線、G線、H線、F線、K線などなど絡み合うように走っている。どこでどう乗り継いだらいいのか、さっぱり判らない。はじめ俺は、とんでもない方向へ行ってしまった。 やっとの思いで、Z駅に降り立ったときには、約束の十時まで、あと四十分もなかった。「遅い人で一時間・・・」という社長のことばが脳裏をかすめて、俺は早くも焦りを覚えた。 (さあ、血のような三角ビルだ……) 俺は、あたりを、きょろきょろと見渡した。 あった、あった! たしかに真っ赤な三角柱のビルが、はるか向こうにそびえ立っている。しかし、そこへどう歩いて行ったらいいのか・・・? とにかく、そのビルめがけて、俺は足早に歩き出した。ところが、ところが……おかしなことに近づこう近づこうとすればするほどそのその赤いビルは遠ざかっていくのだ! これは、どういうことだ! 俺は、交差点の処で、ぼんやりつっ立っている通行人に訊ねてみた。 が、通行人の教えてくれたように行ってもその赤いビルは、やはり遠ざかる一方なのだった。あの中年男め、ウソをいったのだろうか? 「ああ、あの赤いビルね……さっきから、もう何人もの若いひとが訊きにきたけどね。あんた、あそこに行くには、ちと難しいよ。コツがいるんだ」 「ただで教えるわけにはいかんよ。何しろ極秘のコツだからね。五千円いただきますよ。それでよろしければ……」 「あの赤いビルはだね……不思議なビルでね、あれをただ目ざして近づこう近づこうとすると逆に遠ざかっちまうんだよ」 青ざめた陰険な顔つきをした占い師は、髭をなでながら一語一語切るようにいった。 しかし……重なるはずの青い三角ビルなんて、どこにも見当らない……。 あの占い師め! もっともらしい、いいかげんなことを言いやがったな! でも、待てよ。きょうは、雲ひとつない快晴で、空は抜けるように青い。だから、青いビルは青空にすい込まれて見えにくいのかもしれないゾ。・・・俺はそう思って、再び大通りを駆け出した。そして俺は、何度も大通りを行きつ戻りつしたものだ。 時計を見ると、約束の十時まで、あと20分余りしか残っていなかった。「早い人で十分」という社長のことばを思い出して、俺は、焦りに焦った。 そのとき、ふと俺は、会社へ電話して道順を訊いてみようと思い当った。なんで俺は、こんなことに早く気づかなかったのだろう。俺は近くの赤電話に走った。そして、あわててダイヤルに指を当てた。焦りすぎて、数回、ダイヤルの穴から指先がこぼれた。 畜生! いまいましい! どうせ、ここまで来たのだ。遅れても、行くだけ行ってみよう。お情けで受付けてくれるかもしれない。俺はそう思って、再び、赤い三角ビルへと駆け出した。 何んてこった! あそこに見えていて行きつけないなんて! この街は、幾何学的におかしな構造になっているのだろうか? それとも……ひょっとすると……あんな会社はないのかもしれないゾ……あの赤い三角ビルは、空中に大スクリ−ンでも仕掛けて映し出した仮空のビルかもしれない……多分、俺は騙されたのだ。 俺は、今まであんな会社、聞いたこともない。イタズラ求人広告だったに違いない。 しょんぼり家に帰って、数日たってからだった。俺に、SMCの社長から電話がかかってきた。あの会社は存在していたのだ! 「このたびは、わが社に応募いただき、本当にありがとう。常識を越えた応募者があったんだが、道尾進君、きみ一人が採用内定と決まったよ」 「そう思うのも無理ないだろうが……」 「じつはな、わが社は、S市の地理が複雑怪奇なのに目をつけて、最近設立したばかりのS市専門、特殊明細地図会社でな……正式社名を<S市マップカンパニ−>という……略して<SMC>だ。 すでに六名の社員がおるが、出発に当って一名募集することになったわけでな……それで君が……」 「はあ、でもなぜ私が……」 「ふうむ、まだ判らんようだな。説明しよう。わが社としては、地理感覚にむしろ鈍い人、つまりだな、方向音痴の人を求めていたんだよ。この意味判るかね?」 「やっと判ったようだな。……君をのぞくすべての応募者は、みな、規定時刻までに到着した……だから不合格としたのだ。君だけはわが社をめざして悪戦苦闘、ついに断念して帰られた……まれにみる方向音痴といっていいだろう……君はS市独特の超次元的複雑怪奇な街をさまよい、つよく、S市の現状を認識されたと思う……」 「どうして、それが判るんですか。到着できなかったということは、S市に行かなかったということだって考えられるじゃないですか」 「それでは、あの占い師や通行人は……」 「いやあ、判りませんでしたよ。第一、赤い三角ビルに重なるという青い三角ビルが見当らなくて……」 「青い三角ビルは、他の色々なビルと重なるので、見えるのは、ほんの一瞬なんだよ。……まあ、S市はおかしな街でね、あの街には超幾何学的な立体地図が必要なんだ……それをつくるために、わが社は生まれた。……その初代の<地図づくり社員>として、君にも参加してもらおうと……」 「はあ、そうですか」まだ夢をみているような気分だった。 「では、早速だが、明日の午前十時、これはあくまで形式的なものだが、採用を前提とした面接を行ないたいと思うんで、お越し願いたい」そう言われて背筋が冷たくなった。 「判ってます。今度は、こちらからお宅までクルマでお迎えにあがりますよ」 「それは恐縮ですが……」 「それで、君の住所はどこかね?」 「はあ、となりの県のR市なんですが、やはり非常に判りにくい街でして……。来て頂けますかどうか……」 |