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その後、いよいよ個室へと案内される。狭い廊下の両側に、徹底的に効率性のみを追求した結果これだけの部屋が確保されましたといった感じで、扉がいくつも並ぶ。そのうちの一つへと導かれて、中に入る。扉口で業界風の女が、「女の子が訪ねてくるまで、お待ちください。トイレはお店を出てエレベーターと反対方向の廊下突き当たりになります。それから、通路にあるラックに今まで当店を訪れて頂いた方の体験記と雑誌類がありますのでよろしかったら部屋の方に持ち込んでお読みください。」と最後まで徹底的に業界風に締めくくった。
部屋は予想通りの作り。ビデオボックスのスペースを若干広めにしたような感じで、部屋の片側に薄いマットの様なものが敷かれており、部屋の一番奥に作りつけの机がありその上にテレビと自動販売機がおかれている。その他にこの部屋に存在する物としては、どう見ても座り心地がよいとは思えない椅子が一脚に、壁に掛けられたハンガーのみ。しかも、店内での「みだらな行為禁止」という注意事項をバカにするかのように、自動販売機にはコンドーム、ピンクローターとバイブといった大人の玩具の代表的なものが販売されている。部屋全体から漂う空気は完全に「ちょんの間」だ。
部屋に入って数十分の間は、とにかく外側の音が気になって仕方なかった。さっきの加奈が今にも部屋を訪れるのではないかという淡い期待と緊張感で立て続けに煙草を吸う。部屋に入る前に掲示板を見た所、決して多くの人間がいるわけでは無いのでそれなりの確率で獲物が部屋を訪れる可能性は高い。しかし、いくら待っても部屋の前に人が止まる気配は無い。聞こえてくるのは同じ廊下のどこかの部屋に陣取っている哀れな男が、扉を開けて外に出て、雑誌や体験記を小脇に抱えて与えられた小屋に戻る足音のみ。うーん、かなり厳しい様だ。つけていたテレビを消して、さらにまわりの音に耳を傾けてみる。遠くで女の声が聞こえるが、もしかしたらこれは先ほどソファーに陣取っていた水系の女達が相変わらず喋っている音かもしれない。となり近所の様子もうかがってみようと、それぞれの部屋と壁一枚隔てているであろう面に耳をつけ、音を広う。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
何かが行なわれているような音は一切聞こえず、むなしい昼独特のテレビ番組から流れる笑い声が遠くに聞こえるのみ。こうしている間にも貴重な時間が過ぎていく。考えてみれば、ただ待っているだけで1時間/4,000円というのは高すぎやしないか?? テレクラでさえ、1時間/1,000〜2,000円という所が相場だ。しかも、サクラである事がほぼ100%だが、ファーストコールまでは基本的に料金が発生しないのがテレクラルール。それが、この店では受付を終了した時点から既に時間のカウントが始まっているのだ。サクラかどうかの判断に苦しむ所だが、例の水系の女達も目立った動きをしていない。もしかしたら、キャバクラ嬢が小金を持っていそうな客を待ち、そのまま同伴出勤という魂胆かもしれない。頭に浮かんでくるのは否定的な事ばかり、取材とはいえ何もせずに時間が過ぎ、またその状況を打破する手だては全くなく、ひたすらボケッーとしているのは想像以上に辛い事だ。待ち続けているうちに、妙な敗北感が体の奥の方からじわじわと全身を満たしていくようになってきた。たとえるなら、「今日は稼いでやるぞと早い時間から道に立つが全く客が拾えない立ちんぼ」といった感覚であろう。支払う金額が高いか高くないかに関わらず、通常の風俗店では対価としてのサービスが保証されているが、この場所ではあくまで何かが発生するのは自分という人間の価値を認めてくれる相手がいない限りあり得ないからだ。
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