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そんな事を考えながら待ち続けていると既に1時間ほどの貴重な時間が費やされてしまった。自己否定的な感情に押しつぶされると今日一日、いやその後数日に渡って、敗北感を背中に背負い込まなければならないので取りあえず他の冴えない連中と同じく、外に出て体験記や雑誌などを読みんで気分を紛らわす事にした。
棚には新しい物から古いものまで、体験記の数々がずらりと並ぶ。ざっと見た所では20冊ぐらいあるのでは無いだろうか。その中から比較的新しめの物を何冊かピックして、部屋に戻る。途中で自動販売機から飲み物を買い、そのついでに先ほどのソファーの方を見たが水系の連中の姿は既に無く、フロントの辺りにも人の気配が感じられない。今日の来店者に見切りをつけたのだろうか、またはどこか他の輩の部屋に入って話し込んでいるのだろうか。いずれにしても、こうしている間も時間は確実に過ぎていく。
部屋に戻って体験記なる物を読んでみたが、まぁ出てくる出てくる性交、いや成功例ばかりが。何でも「始めて来たけど、本当に素晴らしい体験ができました!!」だとか「今まで、この体験記をヤラセとしてしか読めなかったけど、今日、本当にいい思いができました。感激です。」といったようなベタなメッセージが延々と納められている。ちなみに借りた物の中で、批判めいた事がかかれている物は一切無し。すべて「Everything went to fine and everybody got happy after all」ってなもんだ。
あまりのヤラセ臭に閉口していると、またもどこかの冴えない男がしばし室外で休憩してきた後であろう、廊下を歩いてくる音が聞こえる。と、足音がふと止まり、「ホトホト」と扉を叩く音が聞こえてきた。両隣に控えている人間はいない。って事は・・・。半信半疑のまま扉を開けると、そこに立っていたのは、先ほどの妄想「加奈」をさらに地味にしたような感じの女。頭の中は、このシステムに対する疑惑で一杯だった所なので、目の前に女が立っているという事実がうまく受け入れられない。そんな空気が伝わったのだろうか、立っている女は心配そうな表情でこちらを伺っている。自分に出来る精一杯の爽やかさで「こんにちは。」と挨拶をして中に招き入れる。あがってすぐのところで靴を脱いでもらい、敷物の上に二人で腰をかける。前述のとおり、ソファーセットのような気が利いたものが無い部屋なので、必然的に壁を背もたれにして並ぶようにして座る事となる。
女は幾分緊張した面持ちで、「どうぞ」と座るように促すと自分からおよそ50〜60cm離れた場所に腰を落ち着けた。微妙な距離だ。遠すぎず近すぎず、話をするには問題のない距離だが、そこから何かアクションを起こそうとすると一歩にじり寄らなければならない距離。興味を抑えきれないように部屋のあちこちに目を走らせる様子から察する所、素人のそれも始めての客ではないかと思われる。女がリピーターとしてこの店に再び来るという事は、過去に何らかの「収穫」があったに違いないと思われるが、始めての女はどうだろう。それなりに期待はしているだろうが、どこまでを防御ラインとして設定しているか計りかねる所だ。とりあえず話をして、相手の警戒心をやわらげる事にした。
名前、住んでいる所、職業などお互いに差し障りの無い話題を選んで会話を進める。しだいに緊張感もほぐれてきて、たわいの無い冗談なんかにも笑ってくれる頃合いを見計らって、エロトークへと話を進める。「イヤ、仕事でさ風俗店なんかにローションとかコンドームとか、そういったものを卸しているんだけどさ。最近の店はおもしろい名前が多いんだよねぇ。」と、この職業ならでは話題を中心に次第に話題をエロ方向へとシフトさせていく。実際、合コンなんかでもこの手の話題は非常にウケがいいので、何かと便利な話題なのだ。案の定、いくらか地味な反応ではあるが、しっかりと興味を示してエロ系の話にスムーズに移行する事が出来た。
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