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風俗情報

 ■エロ業界Q&A(20) Date: 2004-01-08 (Thu) 
【ご質問】
「実話系週刊誌の編集に携わる34歳女性です。私は平先生のファンですが、先生の持論である性風俗と売春、性風俗でいう本番行為と真の本番などの概念の差異がまだ理解できてません。これらの違いを教えて頂けないでしょうか?」

【ご質問に対するお答え】
 実は筆者もこれらの具体的な差異については余り明確な意識は持っていないんですよ。果たして明確化することにどんな価値(?)があるかもまだ分からないし。ただし、性風俗における本番、非合法DC(デートクラブ)における本番、プライべートな恋愛での本番などに、自分自身が感じている微妙な差異はあるので、それを書きますね。
 まず、いわゆる「風営法」に代表される各種性風俗の本番と、「売春防止法」に引っかかるような非合法の本番とでは、法律上にも明らかな違いがあります。
 「風営法」はソープ、ストリップ、個室マッサージ(ヘルスやイメクラ)、デリヘル(派遣型特殊性風俗として)も組み入れられ、いわばこれらは当局が“容認”した形となっています。この法律は主に、場所、形態、時間や年令制限の規制は受けますが、「これこれをやっちゃいかん」とは具体的には書いてないわけです。ソープにだけ本番が許されいるという自己矛盾した法律ではありますが、一応、それ以外の業種は本番が(建前)禁止されていて、それが性風俗の側にも客の側にも、暗黙の了解事項として成り立っています。日本人は国民性として(比較的ですが)ルールを守るので、こういう(恐らく外国人には分かりにくい)法律でも通用しているのですね。もちろん、建前は本番禁止でも、昔から内実はヘルスやイメクラで内緒の本番は行われてきたし、前記したデリヘルの出現で、ここ1〜2年の間に本番ブームが加速されたことはご承知でしょう。
 ところが後者の「売防法」は、法律の総則というところに「何人も売春をし、またその相手方となってはならない。」と、これは本番行為そのものが(これも建前ですが)全面的に禁止されています。ただ、この法律もよく考えると不可能(?)というか不可思議な点が多く、まず売春婦を買った客は(説教はされてますが。笑)罪は問われないし、売春した女性も多くは「被害者」として保護更生の対象となります。つまり、ここには明確な「加害者」がいないという、そういう法律です。極論して言えば、ポルノなども通説でよく「被害者無き犯罪」といわれていますが、売防法における被害者も、言わばあってなきがごとしで、金が介在していたり性病の危険性があるとはいえ、そもそも厳罰に処すべき類の「犯罪」ではないかというのが、近代の法律の考え方です。結局、この法律で売春婦が売春婦として(=加害者)捕まる場合は、自らが行う客引き行為のみ。あとはむしろ当事者より、その周辺の方が、摘発される場合が多く、例えば「管理売春」「強制売春」(ラブホテルなどの)「場所提供」などです。すぐにピンとくると思うけれど、これらは皆、やーさんの管轄でして、つまり日本の性風俗は警察当局が率先してこの手の組織売春を優先的に取り締まってくれるから、業界が世界一(?)安全で安心で清潔な性風俗業界というものが出来上がったわけですが、それは何も警察が庶民の味方をしてくれたからではなく、この法律自体が、いわゆる個人売春的売春は捕らえても減ることがなく、悪質な犯罪の資金源となる組織売春を摘発するほうがより公序良俗に沿う流れだったからです。
 6月6日に成立した通称「出会い系サイト規制法」は、(売春婦をあくまでその社会が生み出した「被害者」とするストックホルム宣言に反した)世界に逆行するというか、日本の法律史上でも初の、老若男女を問わず、処罰の対象になる(一律100万円以下)「男女両罰」の法律です。これは売防法とは逆に「被害者」がいず、どちらも「加害者」で、法律上大人も子供も責任が五分五分なのですが、やはり未成年者にまで法律上の課罰を与えるのはどうですか。成人を除く(例えば)援助交際などは、やはり筆者は親の責任以外のなにものでもないと考えています。親の責任といっても、Kという大臣の「市中引き回し打ち首」発言は、ブッシュと同じく「頭の悪さ」を見事なまでに表わしていましたね(笑)。これは筆者が関わる各雑誌でも書いたことなのですが、大事なことなので書いておくと、この「市中引き回しの打ち首」の発言の前段に、この男はこんなことを言っているのです。「信償必罰・勧善徴悪」の思想が戦後の教育の中に欠落していた」と。僕らが(今のではなく)戦後のアメリカ映画などで学んできたのは、勧善徴悪ではなかったはずです。西部劇で悪人とされたインディアンやアウトローのガンマンにも言い分や魅力があって、善人ずらした悪人や正義を振りかざす狂気の殺人者は、枚挙にいとまがないほど描かれていた。単純に人間は「善」と「悪」に分類なんかできるはずもなく、もっといえば1人1人の人間ですから、頭のてっぺんからつま先まで「善」の人がいたらそれはむしろ気持ち悪いくらいで、そういう部分を続けたからこそアメリカ映画は世界一であったのに、それを失ってからのアメリカ映画には(もちそれでも筆者自身も楽しんではいるけど)善悪がはっきり分かりやすくなった分、面白みも失せ、暴力や殺戮描写の場面のみが誇張されるようになっている。これは善と悪をあまりにも簡単に分けている結果でもあります。しかし、この発言のもっとも危険な部分は、「差別」や「偏見」を助長して、大袈裟と笑えばいいが、「私刑(リンチ)」を煽動する言葉だからだ。犯罪者の親といったって色々だろう。とんでもないばかな親からだって、世に名を残すような子供ができるし、その逆だってあろう。まして「責任」なんてことを徹底的に追求したら、今の日本の親は全員「市中引き回しの打ち首」にならないといけないくらいだ(笑)。そうゆう中でリンチを煽ったら、どういうことが起こるだろうか。逆に問えば、もし何かが起きたら、このKという大臣はどこまで「責任」をとるというのか。ふつう、相手に「打ち首」宣言までしたら、自分の責任の取り方も、同じく「打ち首」か、温情でも「割腹自殺」だ。それを覚悟してテメエはいってんのか、みたいな話だ。戦争も同じ。自殺ぐらいでは責任のとれないようなことを、国民の半分以上が反対している中で決められてしまうような愚を、過去何度も経験していながら〜〜,本当にきりないほど(笑)今の政治は愚かに見える。筆者の感覚がおかしいのかもしれないけど、子の責任は親の責任で、その親も「打ち首にしてしまえ」(これは簡単に言うと殺してしまえということです。)と言い放ち、つまりは「悪い種」は「根絶やしにしてしまえ」みたいなことから、すぐにヒトラーのユダヤ人虐殺を連想しましたね(笑)。まあ、極端かもしれませんが、この発言を支持するファクスやメールが1000通近くも届いたという話には筆者は未来の日本の「暗さ」を予感します。少なくとも人が「生きる」とか「人の命」ということをまともに考えてない人間の発言でした。それはさておき、そういうことなので、何となくですが、性風俗の本番は売春しているという意識が客にも(いつも例に出す)デリヘルのお陰で軽くなってきましたが、やっぱ危険性とかやーさん系の怖さもあって、やるには相当の覚悟がいるが、罪悪意識みたいなものに差があるのではないかと、客である筆者も時々思いますもんね。あと、お金なんかも両者に介在しているわけですが、性風俗の方は当り前のこととして何の疑念も重みも感じませんが、売春の方は、払う時に「モロ売春」って感じがします。当り前だけど(笑)。筆者、これが嫌なんですよね、実は。良心の痛みを持ち出していい子ぶる気なんか全然ありませんよ。でも、ヘルスのマジックミラーの項でも述べたと思いますが、「売春色の濃い」店形態とかシステムが嫌いなんです。なぜか。たぶん、後ろめたい責任を逃れようとする筆者の勝手なエゴと屁理屈とは思うけど、売春色が濃くなればなるほど、つまりストレートに本番だけを目的とされてしまうと、どうも味気なくなるのです。
 先日も立て続けに2軒の韓国エステ(といっても中国人及び台湾人系)で、全裸になるにはあと一万円いるといわれて、とても嫌な思い、というか売春の直接交渉みたいなものをモロに味わって、韓国エステも終わりだなと思いました。少し微妙なんですが、僕らは(あ、筆者は、の方がいいかも。笑)自分の欲望を満たすために金で女性の体を買ってるんだけれども、不思議なんですが、こういう直接交渉でモロに金が介在してくると、遂に自分の欲望が「金で買われている」感じがして、とても虚しいものを感じました。日本の「前金パック、追加なし」という制度(笑)は、そういうことを感じさせない、実に巧みなものだなと、思い知った次第です。風俗というものを少なくとも「面白く」遊ぶには、本番するかしないかは抜きにして「売春」ではだめなわけです。金の匂いは「楽しみ」を奪ってしまいます。
次に性風俗でいう本番と真の本番の差異。これは差異というより、ひとえに「本気度」の問題です。性風俗の本番は本気度が低い場合が多いですが、本気度の高い本番が(めったに味わえないがゆえに)ベストですね。本気度が高いというのはなかなか字に表わしにくいですが、獣のような喘ぎ声(笑)が決め手でしょう。女の人だって、これはほんとに気持ちよかったというセックスは、めったにないでしょう。(人によりますが。笑)。性風俗でもこういうのは滅多に味わえず、否が応でも「生」本番に突入してしまいます。周囲なんか気にせず、汗だくになってガンガンつきまくり、女性も(明らかに)何回も達する。ヘトヘトになってやりまくるという、(よく考えるとアホみたいな)交尾状態とでもいいますが。AVなどでも、こういうやりまくり感のある(ある種本物のセックスを描いている)作品は少ないのです。愛情が深いから本気度が高いというわけでもないので、AVでも性風俗でも援交や売春でも、いずれありうることなのですが、なぜか少ない。しかし、これを目指している、というのが筆者の偽ざる心境です。もしかするとこれらは、浮気、不倫、(場合によっては)近親相姦みたいなタブー状況から生まれることが多いかも知れず、筆者などもよく考えると、少ない性体験(笑)でいうと、本番が許されていないヘルスやイメクラで多い。それも本番店と分かっているような店ではなく、通いつめてなじみになってやっと本番にこぎつける場合に、獣セックスが多かったような気がします。この場合、それがその女の手だったとかいった不粋な邪推は抜きです。それを疑ってたらきりないし、なじみになるまでの交流と、雰囲気でけっこうわかるものです。確かテレクラが出来た時、エロ本各誌で、「あまり深く知らない相手の方が大胆になれる」というテレクラにはまったと称する少女や人妻のお決まりのセリフ(笑)がありましたが、これは満更ウソでもない「感覚」であるということは、体験した人なら誰でも感じているでしょう。
 正常なセックスという点から考えればそれだけ病んでいるともいえましょうが、ここには(一面)究極の快楽至上主義があるように思えて、先進国といわれる国ほど、人の「性」に対する考え方が、こう荒れてくるのは、一体なぜなのだろうと、いつも不思議です。
 本気セックスの話から、とんでもない方向にいってしまいましたが、本番は性交の形態や相方の関係性はどうあれ「本気」かどうかで、全て決まるような気がします。ただしこれだけでは、もし本気をいうなら、犬猫の交尾の方が人間より勝って本気だろうし(笑)、こういう話は(自分で主張しているのに言うのも変ですが)やはりどっかがおかしいと思う気持ちも大事で、とりわけ筆者などはこの年になっても、肉欲や煩悩に完全に負けているわけで、一生かかってもこれを克服することは難しいです。(笑)。

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