■ テレクラ放浪記(1)-1 | Date: 2003-04-07 (Mon) |
第1回「私がテレクラに通い始めるキッカケとなった女・久美子」
今から9年前、4月初旬のある日、私は不思議な体験をしてしまった。
44歳にして初めて入ったテレホンクラブで31歳の人妻と知り合い、数時間後にはセックスをした。
した、 というよりその女性に巧妙に誘われて、といったほうがよい。
5年ほど勤務した会社を退職した直後、元来ナマケモノの私は、失業保険で少しブラブラ遊んでしてみようか、と失業認定を受けるため池袋のハローワークに出頭した。
今回で失業は4回目になる。毎度のことながら、失業してみると街の風景が違ってみえる。会社勤めという拘束から解放されてホッとした気分と、失業者として何の保証もなく なった不安感が混ざった、妙に足が地につかない視野だった。
サンシャインビルに向かうサラリーマンの足取りは早く、前方だけを見据え、顔もこわばっているように感じる。
私もついこの間まではあんな人種だった。
サラリーマンが働いている時間にジャンパー姿でぶらついている男を見ると「クソッ、俺がイヤな上司にペコペコして働いているのに、お前はなんだ」と腹が立ったものだ。
今では立場が逆転している。私は歩道の隅をこそこそ歩いていた。
離職票を提出すると、1週間後の午後に再度来るよう命令された。
職安からハローワークと名前は変わっても、人間を機械的に処理する役人の態度は以前と変わっていなかった。前回の経験からすると、失業者が50人ほど詰め込まれた部屋で、雇用保険のシステムなど、どうでもいいスライドを見ながら約3時間ほどの説明を聞かなければならないはずだ。だが、失業保険金をもらうためには我慢しなければと思うと文句はいえない。
ハローワークを出てすぐ、私と同い年くらいの髭をはやした男から「失礼ですけど、おいくつですか?」と声をかけられた。増員手当てがもらえるため、中年の女たちがハローワークから出てきた女性に、生命保険の外交員にならないか、と勧誘している姿はよく見かけるが、男は珍しい。「44歳です」と答えると、ちょうどそのくらいの男性を探している、という。彼は私を近くの公園に誘い、ベンチに腰掛けて話しはじめた。
見せてくれた名刺からすると「便利屋」の社長で、私に仕事を勧めた。その話とは、ある女性と夫婦になりすまして2泊程度の旅行をするだけで10万円の報酬をくれるというのだ。その女性は30代半ばで宿泊費などの経費は女性持ち。よかったらこれからでも打ち合わせをしたいと早口でしゃべった。
「急な話なので考えてみます」と答えると、男は私に名刺を渡すでもなく離れていった。
時間は午前11時前。なにをしようと自由の身のはずだが、いざその時になってみると、することは何もない。
映画でもみようと一瞬思ったが、この時間ではいかにも失業者っぽい。かといって喫茶店に入ったとしてもお茶を飲むだけでむなしい。ファッションヘルスの開店までは時間がある。さてどうしたみのか、と落ち着かない気分で駅方面に向かっていた。
さきほどの「便利屋」の社長の話が気にかかっていた。30代半ばの女性と旅行、といえば当然のことに当然のこともあるかもしれない。それで10万。しかし、相手は初めて会ったウサンくさい便利屋で、それだけの報酬をくれるとなると危険も予想できる。断ってよかった、と思う反面、見知らぬ女性と旅行できるヘンな期待感もある。
もう一度詳しい話を聞いてみよう。私はドキドキしながらハローワークの前にある公園に戻った。しばらく見ていたが男はいなかった。心臓の鼓動は止まらない。
駅に戻る途中の公衆電話ボックスの横にあった白地に赤文字の「捨て看」が目についた。
「必ず会えるテレクラ。すぐそこ」。
それまでテレクラについては、週刊誌で読んだことはある。だが、知らない女性と会話するところらしい、くらいのあやふやな記憶しかなかった。
ソープ、ピンサロ、ヘルス、マントル、とフーゾクについては人並以上の知識はあったが、この看板からは性的なニュアンスは感じられなかった。
「会える」というキャッチフレーズが妙にそそる。新種のデートクラブなのかも。
私はタバコを取り出して、ちょっと一服、のポーズをとりながら、横目で看板にあったテレクラの場所を覚えようとした。