１．二人目の女・ナオコ

　初めて入ったテレクラで出会った人妻・久美子と熱いセックスをした翌日、私は普段よりずっと早い午前６時すぎに目が覚めた。私の連絡先を教えなかったことを後悔して寝つかれなかった。

　することは考えていた。それは久美子と連絡をとることだった。久美子は私のことを好きになったに違いない。それで彼女もボォ−ッとしていて自分の連絡先を私に教えることを忘れていたのだ、と私は解釈していた。
彼女が自宅に戻ってからそれに気がついて、私のことで、あのテレクラに電話しているかもしれない。テレクラの受付に電話してみるつもりだった。しかし、彼女がそれを躊躇していたら…。

　私は都内個人別の電話帳をひっぱりだして彼女の自宅の電話番号を探す作業をはじめた。

　彼女が住んでいるという品川区ＴでＹの姓をもつ電話番号は20軒ほどあった。が彼女は人妻だ。迷惑かもしれない。いや久美子は私に惚れたのだから、かえって助けになる。迷ったが、10時を過ぎたころ順番に電話をかけはじめた。久美子とつながったら「きのう渋谷でお会いした者です」といって彼女を驚かすつもりだった。喜ぶに違いない。そして「時間があったら今日も会いたい」といえば、どこへでも出てくるはず、と思うと心臓と下半身がドキドキしてきた。

　男がでたら電話を切った。女性がでると「クミコさんいらっしゃいますか？」と聞いた。だがクミコという女性ははどの電話番号にもいなかった。留守伝と電話にでない数軒は夕方にまたかけることにした。電話帳に登録していないのかも、と考えてテレクラに電話をした。

　「きのう会員になった末森だけど、品川のクミコさんという女性から私のことで電話があったはずなんだけど」。受付の男は私が何をいっているのか理解できない様子だった。
詳しく説明すると「ないですよ」と、冷たく言ったあと「女の人につきまとったりしないほうがいいですよ」と、さも私が悪いことをしているかのように注意された。

　電話をしたあと私はムッとしていた。俺の女だ。何をしようが自由じゃないか。それになんだあの態度は。会員なのに客を客としてみていない。予定を裏切られた私はビールをあおり、午後を悶々として過ごした。テレクラの受付の男の言葉がひっかかり、朝電話してでなかった数軒の家には電話しなかった。

　翌日の午前11時まえ、私は同じテレクラへ行った。久美子と会えるかもしれない、と思うと足取りはぎこちない。

　受付の男は前回と違っていた。「おととい会員になった者だけど、クミコさんという女性から電話があったら繋いで」といった。男は「女性の名前は聞いていません。女性の希望した年代のお客さんに電話を繋げるだけですから」とそっけなく言った。期待していたことがうまく進まないことにいらだった。

　個室へ入って20分くらいしても電話のベルが鳴らない。他の部屋には電話がまわっているのに。「電話がおかしいですよ。全然こないけど」とトイレにたった時に店員に訊ねた。「お客さんのお年を希望するコールがないので」と伝票に何か書きながら男は答えた。

　一昨日とは違う状態に、どうも納得がいかない。個室に戻るとふいにベルが鳴った。「希望年齢はありません」といったあと女の声に替わった。「もしもし」というと相手も「もしもし」といった。「おいくつですか？」と聞いてきたので私は正直に答えた。突然、ガチッと音がして、何度呼びかけても相手はでなかった。その意味がわからなかったので、急いで個室をでて受付の男に「電話切れちゃったけど」と質問した。「ああ、ガチャ切りですか。すみません」といったあと〈ガチャ切り〉について説明してくれた。

　彼の説明では、ガチャ切りは特別なことではないらしい。相手の女性の希望の歳でなかったり、会話がすすまないと、そうするのだという。私の常識では考えられなかった。しつこいセールスの場合など、よほどのことがない以外、突然、なにも言わず電話を切る人にはおめにかかったことはない。「おかしい女性ですねえ」というと「ふつうですけど」と前にもましてそっけなく答えた。

　それから30分ほどしても電話はこなかった。久美子はどうしたのだろう、と思うと心ばかりが焦ってタバコばかりを吸っていた。狭い個室で空調がわるく、煙がすぐ充満して気持ちがわるい。前面の壁についている小さなランプが点滅しているのに気がついた。たしか終了時間を知らせる合図だ。私は受付の男に「電話がこなくても終わりなの」と聞いた。「どこのテレクラでもそうですよ」といって聞く耳をもたない。だからといってこのまま帰るわけにもいかない。１時間延長することにした。

　お昼を少し過ぎたころから、複数の主婦から電話がきた。だが会話が続かないうちに電話は一方的に切られてしまった。隣の個室では、通話相手の女性と会う約束をしている声が聞こえる。

　またベルが鳴った。相手は女子高生だといった。女子高生がなぜ電話してくるのだろう。その目的がわからなかった。だいいち、個室にある注意書きには、未成年や女子高生と繋がったら電話を切るように、とある。だが、私は本物の女子高生と話をするチャンスにそれを切らなかった。その女子高生は近くの公衆電話からで、唐突に「おじさん、お茶しない」といわれた。女子高生が44歳の私と会いたがっている。私は少しドキドキしていた。彼女はこのテレクラの近くにある西武美術館のなかの公衆電話からだった。

［末森ケンTOPへ］　 ［次のページへ］