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  テレクラ放浪記(10)-6 Date: 2004-01-12 (Mon) 
 楽譜台に電話を置いているらしく、ガチーンと、打つような響きだった。だが、あまりにも遅すぎるテンポで、しかも強弱のないダラダラとした弾き方に不気味感さえあった。
「ふつうに弾いて」というと「手がかじかんでいるので、ゴメンなさい」と謝りそのまま続けた。ドビッシーやバルトークの曲も同じくのろいテンポで弾いた。私の好きな「ジムノペディ」にはちょうどいいテンポだ。異空間のステージだった。それでも一生懸命私に聞かせてくれるのだろうと思うと電話を切れなかった。

 1時間ほどでその〈演奏会〉は終わった。私は最後に受話器をテーブルに置いて拍手をした。彼女は喜んでいた。私の自宅の電話番号を教えて電話を切った。受話器を耳に強くあてていたので、終わってからも架空の音が響いていた。雪はかなり積もっていた。帰りの電車のなかでも彼女のピアノの音が鳴っていた。

 5日後の午後、アイコから電話がかかってきた。

風俗体験取材 末森ケン もうピアノは聞きたくないので、あえてあの日のことは言わなかった。相変わらずゆっくりした口調で「よかったら…、カラオケに、つきあってもらえますか」といった。その言い方がさみしそうに聞こえた私はそれを受けた。あの日は私の本当の年齢をいってなかったことに気がつき「40歳っていったけど、ホントは50歳なんだけど」というと「歳なんて関係ないじゃん。ちゃんとピアノ聞いてくれたの初めてだから。…それに美人じゃないけど逃げないでね」と念をおされた。

「19歳だから平気だよ。キスはじょうずだから期待してね」ということはエッチに誘ってもいいよ、と同じことだ。

 あのピアノを弾く若い女がいう言葉としては驚きだが、新鮮に聞こえた。「逃げないでね」ということはそうとうのデブかブスだろう。でもいい。しおらしい10代の女とセックスできれば。私は小柄でおとなしい女の子を想像して欲情が芽生えた。

 翌日の午後2時、都下の駅に着いて約束の公衆電話ボックスの前を遠くから観察した。まだ彼女は来ていなかった。私はその前で来るのを待った。

 彼女は来た。155センチ、ショートカットで赤いダッフルコート。アイコだ。

 シニアカーと呼ばれる電動車イスに乗っていた。丸顔は決してブスではなく笑顔で私を迎えてくれた。

 私は瞬間、どうしようか思ったが、アイコの丸い目にひかれて、とりつくろった笑顔をして挨拶した。

「驚いたあ?、少し無理すれば立って歩けるけど、すべったらヤバイじゃん」といってふつうの出会いのような空気だった。
「カラオケはすぐそこだから」と何事もなかったようにいって、彼女は私を先導した。雪の名残りの泥水を避けながらアイコは器用に運転した。これではエッチどころではない。欲望は冷めていた。ボランティアの気持ちで付き合ってあげよう、と改心して後をついていった。

 カラオケ店までくると〈車〉を入り口に置いて、ちょっと危ないながらもゆっくりとした足取りで店に入った。

 彼女はそのカラオケの常連のようで、店員は会員カードを出した彼女に「いつもの角の部屋あいてますよ」といって私たちを案内した。隣はトイレだった。平日のせいか歌声は少なかった。

 部屋に入って座ったが何を話していいのかわからず、タバコを吸った。「おしゃべりしたり、エッチなことするのはここしかないじゃん」といってアイコは愛想笑いをした。私は「いや、そんなつもりないから」ととっさに返事をした。「あたしじゃダメえ」とにらむアイコ。コーラをつかむ手が気のせいかぎこちなかった。

「自己紹介します。19でえ、その意味わかりますよね。学生とフリーターの中間ってとこ。脳の神経がショートする病気なの。それで足にきてえ、手にきてえ、最後には目とか頭にもくるらしいけど、まだいけるよ」とふざけた口調でしゃべった。

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