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  テレクラ放浪記(4)-8 Date: 2003-05-22 (Thu) 
 次は縛りプレイだった。
 おもらし常習犯である私を折檻する義理の母という設定だ。

末森ケン 両手両足を縛られてタオルで目隠しされた私をシーツでくるみ「今度やったら、外に縛りつけるから」といって私の尻やペニスを叩くミカ。
私は「もうしませんから許して下さい」といって泣くふりをした。
「私のアソコを舐めなさい。許してあげるから」。
そういって私の顔を又もやミカの下腹部につけた。

 今度は膣とクリトリスや肛門にも舌を入れた。そのあと私の尻をミカに向けて「僕のお尻も舐めて」とせがんだ。
果してミカは「悪い穴ね」といって指で私の肛門を触ったあと舌で愛撫してきた。
復活したペニスを見てなのか「こんどはゆっくりしましょうね」といって、私の体を正常位にして自分で私のペニスにゴムをつけ誘導した。

 相手が見えないセックスだったが、ミカの「おじょうず、おじょうず」という言葉に私は思い切り腰を動かした。ミカは頭をあげて私の乳首を吸った。右手の指は私の肛門をつつく。2回目ながら高い感覚で射精した。


末森ケン ミカから紹介されたパーティの主催者は年のころ30半ばのキリっとした美人だった。

 本名も職業も秘密でという約束なので詳しくは聞かなかった。紫色に仕上げた爪には細かい花模様がペイントされていた。

 彼女はH・夏子という仮名で都内に私書箱をもち、会員の連絡先としていた。
パーティの名称は「B・S」といい、そこで編集される同人誌「D&M」を見せてくれた。Domination(支配)とSubmission(服従)の頭文字をとったもので、写真などビジュアルを想像していたが、活字だけで組まれていた。さっと目を通しただけでは素人の私にはわからない。
ほとんどの文は体験談が淡々とつづられていて、それも肉体的なモノより精神的な表現が多く、いわゆる市販のSM雑誌とは一線を画していた。
パーティはSMプレイの場所としてではなく、その趣味をもつ男女の語らいの場所らしいことがわかった。


 その日、ある週刊誌から彼女の紹介を頼まれていた私は夏子の運転するブルーのベンツで都心に向かった。

末森ケン 夏子は、編集者と担当のライターに、いかに世のSMに対する偏見がいい加減なものかを力説した。それは、縛りとか浣腸とかではなく、尊敬する相手に服従したい、あるいは相手を支配したい、という精神的なものであって、プレイはその表現に過ぎないという。

 N子のプレイは不思議なパターンだった。

 ある男を椅子に縛りつけ、マンションの一室に半日以上拘禁するのだ。そして戻った夏子はその男が粗相をしたことで責める。
「それを思うと、…こんなこといっていいのかしら。濡れます」といって顔を赤らめた。
むろん脱いだりセックスしたりはせず、体にも触れさせない主義だという。私には理解できなかった。

 その取材記事は「主婦に拡がるSM趣味」と題しておもしろおかしく取り上げられた。

 ミカから、SMの本当の意味が書かれてない、と抗議の電話がきた。
「男性用の一般誌だから」と弁解して事情を説明し納得してもらった。数カ月たってパーティに参加しようとN子の携帯に連絡を入れたが、使われていなかった。

 ミカから同人誌が送られてきた。私とのプレイ体験談は「算数教室」と名付けられて、私の心情までが細かく表現されていた。なぜかセックス描写はなかった。ミカ、夏子両人とは疎遠のままだ。会いたい。

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