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  テレクラ放浪記(5)-3 Date: 2003-06-11 (Wed) 
 もうひとつ困った問題があった。
サラリーマン時代の癖で仕事の打ち合わせは午前中に済ませないと落ちつかなかった。
だが、編集者は宵っ張りの朝寝坊で、夕方を指定してくる時が多かった。
そうすると帰宅は午後7時か8時になる。6時半に風呂に入って7時にNHKニュースを見ながら食事をする習慣がすっかり身についた私にとって、それは苦痛だった。私は習慣をくずされるとイライラしてくるタイプである。9時以降に食事をすると夜中にゲリをするほどだ。それは時差ボケに等しかった。
それにご近所の手前もあって夕方に玄関を出るには気がひける。そんなせいで、せいぜい午後イチに打ち合わせをしてもらえるように編集者を教育した。

「人間の生活リズムは百万年前から変わっていませんよ。朝起きて夜寝る。早死にしたいですか?」と説いても「こんな仕事ですから」と反論したT編集者には「夜型の人の平均寿命は昼型より10年短いこと知ってますか?。
生命保険業界にいた私ですから嘘は言いません」と諭したが聞き入れてくれなかった。
むろんそれは嘘である。

 なるべく近所の人と会わないように遠回りして駅まで歩くようになった。
土日祝日は私にとって楽な日だった。ラフな服装で近所を歩こうが不審に見る人はいないはずだ。その気分は今でも続いている。

 これらは、たわいないと言えばたわいないことだったが、最も重大だった問題は収入である。

 サラリーマン現役の時は毎月25日になれば手取り38万円(平成3年ころ)が銀行口座に振り込まれる。それが今(平成6年ころ)では手取り約4万5千円だけ。

 幸いにもその頃、前職時代の知り合いが隣町に中規模マンション2棟を所有しており、その経営補助として管理組合や設備業者との折衝や予算決算の策定を依頼され月6万の報酬が管理組合からあった。
それでも10万とちょっとである。
元々家賃も食費も「ある時払いの催促なし」が暗黙の了解だったのでそのままにした。

 バイト募集の雑誌を見ても適当なものはなく、思い余ってマンションの所有者に今の窮状を訴えた。彼からマンションの日常清掃を依頼されたのは1ヵ月ほどしてからだった。
週3日、1回3時間少々で、月9万が提示され私は了承した。前職時代にマンションの清掃員が急用や事情で欠員になった時はやった経験があったので苦にはならなかった。
早朝に家を出ることは好都合でもあり運動不足も解消できるとあって、それは2年ほど続いた。

 普段から行き来している友人たちから飲み会などの誘い電話があると、金のない時は「いま執筆中だから」といかにもプロらしく断り、原稿料やマンション関係の報酬が入った時は行って、私の記事が載っている雑誌を見せながらいかにテレクラが素晴らしいかを得意気に話した。

 友人たちは目を輝かせて私の話に聞き入っていた。私としては、女と会った経緯や女の事情などを聞かせたかったのだが友人たちは「オッパイは大きかった?」「締まり具合は?」「濡れた?」とか女の体やセックスのことばかり聞いてきた。その時私は物語フェチであることを認識させられた。

 当然のごとく「俺も一緒に行きたいから」とせがまれて連れ立ってテレクラに行くこともあった。そういう彼らは私と同じく小心で女好きな点で似ていた。物腰は柔らかく人あたりはよいのだが、女性からは単に「いい人」で終わっている、いわゆる「モテない男」である。

 彼らの家庭環境は不思議なことに私に似ていた。長男で両親が健在で郊外に家があり、それなりに戦後のアメリカ風の自由主義の洗礼をうけながら私立大学に進み、一流とはいかないが三流でもない会社に就職してなんとかサラリーマンをしていた。職場に女性がいないわけでもないらしかったが、アタックしている様子はなかった。

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